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思い出~富士子1

一体いつまで続くのか思い出シリーズ・・・いま、どのあたりだ?!1/3くらいか・・。

富士子は私が小学校高学年~中学生のときまでいた猫です。私の心の友、富士子。彼女のことはたくさん、書くことがあるので2回に分けて綴っていきます。


富士子、初めの頃は父が「ギャーミケ」と呼んでました。ギャーギャー(正確にはにゃーにゃーです)と騒がしい三毛猫だからギャーミケ。


富士子はすでに成猫で、一体いつ、どこからやってきたのかさっぱりわかりません。
本来なら、受け入れる我が家だったのですが、この時、すでに4匹の猫にウサギが1~2羽、犬1匹。
両親は「もう動物は飼えない」と言ってました。子猫や老猫ならともかく、元気な成猫だし、なんとかやってけるだろうと、飼うのを拒んでました。


しかし・・・・

お腹が空いたと訴える三毛猫。飼い猫も出入り自由な我が家。こっそりうちでごはんを食べていたり、はい、こっそりと私がエサをあげ、そうしているうちに当然、私にとてもなついてしまいました。
Image0092.jpg

頭のよかった富士子。そのうちギャーギャー鳴かなくなり、私がいるときはごはんを食べるという生活に。
しかし、両親はこの子をまだ飼っていたわけではありません。
Image0084.jpg
富士子とビビ。



そんな矢先、富士子のお腹が大きくなってました。胎児がいる状態で避妊手術はしたくないし、かといって子猫が生まれてはなおさら受け入れられない。
どうしようか。一体どこで子猫を産むんだろうか。無事育つだろうか。そんな心配ばかりしてました。
当然、野良猫にエサをあげている状態の私。お腹の大きな富士子。近所もあまりいい顔をしません。

ある日、富士子が「こっちへ来て・・・」と私を近所の家の庭に誘いました。
当時、住んでいた家は広い敷地に家が4~5軒あり、それが1つのコロニーのような状態でブロック塀もなく人の土地にいき放題でした。

富士子は庭の奥にある物置小屋へと私を案内しました。物置は鍵が開いてて中に入れます。
「そうか、ここで子猫を産むんだね」

そう、富士子は私に子猫を産む場所を教えてくれたのです。


「そこで何をしているんだ?!」物置小屋にいるところを近所の人にみつかってしまいました。

怒られなかったけど、富士子と私の様子をみて、近所の人も気づいたに違いありません。
近所の人が去った後、富士子と顔を見合わせ「ここじゃ、子猫は産めないね、捨てられちゃう・・」と話しました。


その時、富士子の目に涙が!!!富士子も理解していました。ここでは産めないと・・・・。

このことは後に、中学生のときに「猫の涙」というタイトルで作文を書きました。とてもいい作文だとクラスで発表することになったけど、「猫が涙なんか流すわけないじゃん」とクラスの男子に言われたことを覚えてます。
”そんなことあんたには関係ない”と思ったわ・・・。

Image0091.jpg

結局、どこかで富士子はどこかで赤ちゃんを産みました。ごはんを食べにきたときにお腹が小さくなってました。
そして居場所のない富士子はちっちゃな子猫を連れてあるとき、向かいの家の軒に非難してました。

雨の降っている日でした。当然、近所の屋根に私は登れません。
一晩あけて、富士子が大さわぎしてました。

捨てられてしまったのです。子猫たち・・・・。

かわいそうな富士子。私も一緒に泣きました。
Image0095.jpg


初めての子を捨てられ、かなり大きなショックだったんでしょう。それからというもの、どこかに子猫がいれば拾ってきて育てるようになってました。

当時、うちにはもう1匹三毛猫が来ていて、ブチャミケと呼ばれてました(ブチャイクだからブチャミケ。かわいそうな名前です。)この子がうちの裏で子猫を2匹産んだのですが、育てようとしませんでした。
そして子猫を産んだ後、どっかにいってしまったのです。

1匹はすぐに死んでしまいましたが、もう1匹は富士子が立派に育て上げました。右がその猫、「ひとみ」です。
Image0093.jpg

「ひとみ」ちゃん。
Image0094.jpg

このときはもう大きくなっていてうちの猫になっていたけど、子育てしてたころはまだ富士子は一応野良猫でした。

富士子が我が家の猫となったきっかけは次回に。
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テーマ : 猫のいる生活
ジャンル : ペット

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仔猫さんたちが捨てられてしまった時のくだり、鼻の奥が熱くなりました。
富士子さんはさまよいながら、猫の言葉のわかる幼き母さんを見つけた時とてもうれしかったんでしょうね。
この人のそばにいようと、その時決めたんでしょうね。

血の繋がりはなくても、悲しみを乗り越え、仔猫を育て上げた富士子さんはとても立派なお母さんネコさんですね。

母さんの思い出話を聞いていると、人間とか猫さんとか、違いなんてないなって思えます。
二つの命、存在が分かりあって語り合って、寄り添ってる姿を見ると。

動物の世界、人間の世界、の他にもう一つ、話が通じる同士の動物と人間の世界というものが存在するんだと確信します。

富士子さんが、猫さんではあるけど、人間の母親となんら変わらない存在に今は見えてます。

こんばんは

昔はこうやって猫と暮らしてたって言ってたよ。
チョミさんは小さいときは動物と暮らしてなかったけど。
猫って自由にしてたって言ってたよ。
サザエさんのタマみたいにね。
続きが楽しみだよ。

富士子さん、とってもキレイな子!

子供を産む場所を母サンに教えてくれたり、母サンの事を
本当に信頼してたのね。
せっかく見つけた良い場所がダメだと解って、富士子さん
悲しかっただろうな.....
その後も子猫達を捨てられて、辛かっただろうな....
子猫を見かけたら、我が子を思い出して、見過ごす事が
出来なかったんでしょうね。
賢くて優しい、立派な母ネコさんだわ。

これでまだ1/3??
どんだけ女ムツゴロウなんだ!!
富士子昔うちにいた猫に似てるわ。
三毛猫だけど、白い部分多し。
子猫はかわいそうだったね。
昔ってこんなもんだったのかも。
なんだかせつないエピソードだわ。

ご訪問ありがとうございます

☆Purikoさん
あの頃はまだ私も子どもだったから素直に動物の気持ちを感じられたのかも。
あいさつの仕方とか近づきかたとかも猫に教わったわ~。お互いを尊重することって人間もそれ以外も関係なく大切なことよね。
最近は、そんなとこだけ大人になってしまい、なかなか尊重できなかったりだわ。

☆クリちゃん
昔は外猫さんも、もっといっぱいいたよね。富士子との想い出は、わかってるだろうけど悲しいだけじゃないから。続きを待っていてね。

☆moguさん
美人でしょ、富士子。お母さんになって優しさがプラスされてますます美人になったのよ。
私にとっては聖母のような猫です。

☆こぱんだちゃん
数えてないけどたぶんまだ1/3くらいよ。このシリーズを書くと夜、なかなか寝付けないのよ。えっとこの次は誰ちゃんで、その後は誰ちゃんで・・て調子で。
まあ、気長につきあってね。
想い出は切ないだけじゃ終わらないわよ~。
プロフィール

陸花の母

Author:陸花の母
2004年4月生まれの兄妹。
茶トラ:甘ったれなおっちゃん猫「陸」(♂)。
黒ミケ:超内弁慶なおてんば猫「花」(♀)。

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